アシドーシスと乳酸による血液の酸性化と薬剤

アシドーシスと乳酸による血液の酸性化と薬剤

アシドーシスと薬剤の関係

アシドーシスの基本知識
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定義と種類

アシドーシスとは体内が酸性に傾く病態で、血液のpHが7.35未満になるとアシデミア(酸血症)と呼ばれます。代謝性と呼吸性の2種類があります。

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薬剤との関連

メトホルミンなどの薬剤が乳酸アシドーシスを引き起こす可能性があり、薬剤師は副作用のモニタリングと患者指導が重要です。

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危険性

乳酸アシドーシスは稀ですが致死率が25%程度と報告されており、早期発見と適切な対応が生命予後を左右します。

アシドーシスは体内の酸塩基平衡が酸性側に傾いた状態を指し、薬剤師として理解しておくべき重要な病態の一つです。特に糖尿病治療薬や様々な疾患で発生する可能性があるため、その機序や対応について正しい知識を持つことが求められます。

 

アシドーシスは大きく分けて「代謝性アシドーシス」と「呼吸性アシドーシス」の2種類に分類されます。代謝性アシドーシスは体内で産生される酸が増加したり、重炭酸イオンが過剰に排泄されることで発生します。一方、呼吸性アシドーシスは二酸化炭素の排出障害により発生します。

 

薬剤師として特に注意すべきは、薬剤が関与する代謝性アシドーシスです。代表的なものとして「乳酸アシドーシス」と「ケトアシドーシス」があります。これらは適切な対応がなされないと生命を脅かす危険な状態に発展する可能性があります。

 

アシドーシスとアシデミアの違いと基本概念

アシドーシスとアシデミアは似た用語ですが、明確な違いがあります。アシドーシスは体内が酸に傾く病態そのものを指し、アシデミアは血液が実際に酸性になった状態(pH 7.35未満)を指します。つまり、アシドーシスは原因となる病態を、アシデミアはその結果として現れる血液の状態を表しています。

 

例えば、急性呼吸不全でPaCO?が50torr以上と高く、pHが7.30以下と酸性に傾いた患者さんは、アシデミアであると同時に「呼吸性アシドーシス」の状態にあります。一方、慢性的な状態では、腎臓による代償機能が働き、HCO??が上昇してpHが正常範囲(7.35〜7.45)に戻ることがあります。この場合、アシデミアはなくても「慢性呼吸性アシドーシス」の状態と判断されます。

 

アシドーシスの診断には、動脈血ガス分析が必須です。pH、PaCO?、HCO??の値から、アシドーシスの種類と重症度を判断します。また、アニオンギャップの計算も重要で、これにより代謝性アシドーシスの原因を鑑別することができます。

 

アシドーシスと乳酸の関係とメトホルミンの影響

乳酸アシドーシスは、体内で乳酸が過剰に蓄積することで発生する代謝性アシドーシスの一種です。通常、体内では「グルコース」が「ピルビン酸」に分解される「解糖系」という代謝経路があり、ここで生成された「ピルビン酸」は「クエン酸回路」や「電子伝達系」で代謝されます。しかし、酸素供給が不足すると、ピルビン酸は「乳酸」へと代謝されます。

 

健康な状態では、この乳酸は肝臓で糖新生に利用されるなどして適切に処理されますが、何らかの原因で乳酸の産生が増加したり、代謝が低下したりすると、乳酸が蓄積して血液が酸性に傾きます。

 

糖尿病治療薬のメトホルミンは、乳酸アシドーシスを引き起こす可能性があることで知られています。メトホルミンは乳酸からの糖新生を抑制する作用があるため、服用している患者では乳酸が蓄積しやすくなります。さらに、乳酸の分解に必要なNAD?が不足していると、乳酸はさらに蓄積しやすくなります。また、低酸素状態では好気性の「クエン酸回路」が機能しないため、嫌気性の乳酸生成が増加します。

 

メトホルミン関連の乳酸アシドーシスは稀ですが、発症すると致死率が25%程度とする報告もあり、非常に危険な副作用です。症状としては、下痢、吐き気、嘔吐から始まり、重症化すると過呼吸、低血圧、低体温を引き起こし、最悪の場合は死亡に至ることもあります。

 

アシドーシスの種類とケトアシドーシスの病態生理

アシドーシスには様々な種類がありますが、代表的なものとして「乳酸アシドーシス」「糖尿病性ケトアシドーシス」「腎性アシドーシス」などがあります。ここでは特に薬剤師として理解しておくべき糖尿病性ケトアシドーシスについて詳しく見ていきましょう。

 

糖尿病性ケトアシドーシスは、インスリン不足と高血糖が特徴の急性合併症です。インスリンが不足すると、細胞はグルコースをエネルギー源として利用できなくなります。そのため、代替エネルギー源として脂肪を分解し始めます。この脂肪分解の過程で「ケトン体」と呼ばれる酸性物質が生成されます。

 

ケトン体が過剰に蓄積すると、血液が酸性に傾き、ケトアシドーシスの状態になります。症状としては、吐き気、食欲低下、多尿、多飲、腹痛などが現れ、重症化すると意識レベルの低下を引き起こします。

 

糖尿病性ケトアシドーシスは主に1型糖尿病患者に見られますが、シックデイ(感染症などによる発熱・下痢・嘔吐や食思不振で食事がとれない状態)では2型糖尿病患者でも発症することがあります。体調不良によるストレスで、血糖値を上げるホルモン(カテコールアミンやコルチゾールなど)が分泌され、食事が十分にとれていなくても血糖が上昇しやすくなるためです。

 

アシドーシスの予防と薬剤師による服薬指導のポイント

薬剤師として、アシドーシスのリスクがある患者への服薬指導は非常に重要です。特にメトホルミンなどの乳酸アシドーシスのリスクがある薬剤を使用している患者や、インスリン治療中の糖尿病患者には、以下のポイントを押さえた指導が必要です。

 

1. メトホルミン服用患者への指導
メトホルミンによる乳酸アシドーシスを予防するためには、以下の点を患者に伝えることが重要です。

  • 腎機能低下、肝機能障害、心不全、低酸素血症などの基礎疾患がある場合は、医師に相談するよう促す
  • 脱水状態を避けるため、十分な水分摂取を心がける
  • アルコールの過剰摂取を避ける(アルコールは乳酸の代謝を阻害する)
  • 下痢や嘔吐などの消化器症状、発熱などの症状がある場合は、自己判断でメトホルミンを中止し、医師に相談するよう指導する
  • ヨード造影剤を用いる検査の前後は、医師の指示に従いメトホルミンの服用を中止する

2. インスリン治療中の患者への指導
ケトアシドーシスを予防するためには、以下の点を患者に伝えることが重要です。

  • インスリンは医師の指示通りに使用し、自己判断で中止しない
  • シックデイの対応方法を事前に説明し、食事がとれなくても最低限の糖質摂取が必要であることを伝える
  • 血糖自己測定の重要性を説明し、シックデイには通常よりも頻回に測定するよう促す
  • 高血糖や尿ケトン体陽性が続く場合は、早めに医療機関を受診するよう指導する

3. その他の薬剤への注意点

  • SGLT2阻害薬(フォシーガ、カナグル、ジャディアンスなど)は正常血糖ケトアシドーシスのリスクがあるため、シックデイには中止するよう指導する
  • GLP-1受容体作動薬(オゼンピック、リベルサス、トルリシティなど)は消化器症状を悪化させる可能性があるため、シックデイには中止を検討する
  • SU薬やグリニド薬は食事量が減少している場合、低血糖のリスクがあるため、食事量に応じた減量や中止を指導する

アシドーシスの緊急時対応と薬剤師の役割

アシドーシスは適切な対応がなされないと生命を脅かす危険な状態に発展する可能性があります。薬剤師として、アシドーシスの緊急時対応について理解し、医療チームの一員として貢献することが重要です。

 

1. 乳酸アシドーシスの緊急時対応
乳酸アシドーシスが疑われる場合(下痢、吐き気、嘔吐、過呼吸、意識障害など)、以下の対応が必要です。

  • 原因となる薬剤(メトホルミンなど)の中止
  • 輸液による脱水の補正
  • 重炭酸ナトリウムの投与による酸塩基平衡の是正
  • 必要に応じて血液透析による乳酸やメトホルミンの除去
  • 原因疾患(敗血症、ショック、低酸素血症など)の治療

薬剤師は、乳酸アシドーシスのリスク因子を持つ患者を把握し、症状が現れた場合には速やかに医師に情報提供することが重要です。また、治療薬の用法・用量の確認や、薬物相互作用のチェックも重要な役割です。

 

2. ケトアシドーシスの緊急時対応
ケトアシドーシスが疑われる場合(高血糖、尿ケトン体陽性、吐き気、腹痛、意識障害など)、以下の対応が必要です。

  • 輸液による脱水の補正
  • インスリンの持続静注
  • 電解質(特にカリウム)の補正
  • 原因(感染症など)の治療

薬剤師は、インスリンや輸液の適正使用をサポートし、電解質バランスのモニタリングを行うことが重要です。また、退院時には再発防止のための服薬指導を行います。

 

3. 薬剤師による患者教育と予防
アシドーシスの予防には、患者教育が非常に重要です。薬剤師は以下の点について患者に指導することが求められます。

  • シックデイの対応方法(食事、水分摂取、薬の調整など)
  • 緊急時の受診のタイミング(24時間以上食事がとれない、高熱が持続、嘔吐下痢が続く、血糖値300mg/dL以上が続くなど)
  • 救急車を呼ぶべき状況(意識障害、血圧低下など)
  • 定期的な検査の重要性(腎機能、肝機能、血糖値など)

薬剤師は、患者が自己管理できるよう支援し、アシドーシスの早期発見・早期治療につなげることが重要です。

 

最近の研究では、メトホルミンによる乳酸アシドーシスのリスクを低減するための新たなアプローチも検討されています。例えば、Bacillus amyloliquefaciens JP-21由来のウレアーゼを改良し、エチルカルバメート(EC)の分解効率を高める研究が進められています。このような酵素工学的アプローチは、将来的に乳酸アシドーシスのリスク低減に貢献する可能性があります。

 

メトホルミンによる乳酸アシドーシスのリスク低減に関する最新研究
また、日本糖尿病学会のガイドラインでは、メトホルミンの安全な使用のために、定期的な腎機能検査と、eGFR 30 mL/分/1.73m2未満での禁忌、eGFR 30〜45 mL/分/1.73m2での慎重投与が推奨されています。薬剤師は、これらのガイドラインに基づいた処方監査と患者指導を行うことが重要です。

 

日本糖尿病学会:糖尿病治療ガイド
アシドーシスは、早期発見と適切な対応により予後が大きく改善する病態です。薬剤師は、リスク因子の評価、患者教育、医療チームとの連携を通じて、アシドーシスの予防と早期対応に貢献することができます。特に高齢者や腎機能低下患者では、アシドーシスのリスクが高まるため、より慎重な薬学的管理が求められます。