
疑義照会簡素化プロトコールは、薬物治療管理の一環として医療現場に導入されている仕組みです。薬剤師による疑義照会は医薬品の適正使用において非常に重要な業務ですが、日常的に発生する形式的な疑義照会は、患者の待ち時間増加や医療スタッフの業務負担となっていることが課題でした。
このプロトコールは、2010年4月30日付の厚生労働省医政局長通知「医療スタッフの協働・連携によるチーム医療の推進について」を踏まえて整備されたものです。調剤上の典型的かつ形式的な変更に伴う疑義照会を減らすことで、以下の効果が期待されています。
京都大学医学部附属病院では、このプロトコールの名称を「院外処方箋における問い合わせ簡素化プロトコル」と変更し、薬剤師法第23条の「医師の同意を得た場合の変更調剤」と第24条の「疑義(照会)」との区別を明確化する取り組みも行われています。
疑義照会簡素化プロトコールを運用するためには、医療機関と保険薬局の間で合意書を交わすことが必須条件となっています。この合意書の締結手続きは一般的に以下のステップで行われます。
例えば、丸の内病院の場合、以下のような適用条件が設けられています。
合意書の締結後は、プロトコールに基づいた調剤変更が可能となりますが、その責任は合意書を交わした薬局にあることも明記されています。社会医療法人同仁会の資料によれば、「疑義照会簡素化プロトコルに基づいて調剤された内容の全責任は、確認書を交わした薬局にある」とされています。
疑義照会簡素化プロトコールで対応可能な処方変更には、いくつかの典型的なパターンがあります。各医療機関によって若干の違いはありますが、一般的に以下のような変更が認められています。
1. 同一成分の銘柄変更
ただし、製剤学的特性が異なる場合(例:ネオーラルカプセル → サンディミュンカプセル)は変更不可とされています。また、患者負担額が高くなる場合は説明と同意が必要です。
2. 同一成分の類似剤形への変更(主に内用薬)
ただし、剤形を変更することで1回の服用成分量が異なる場合や、異なる適応をもつ規格の製剤を調剤する場合は、プロトコール適用外となります。
3. 同一成分の規格変更
これらの変更は、医薬品の安定性や患者の利便性向上のための変更であることが前提となっています。
4. 一包化調剤への変更
一包化する場合は、服用方法の留意点や患者負担についての説明と同意の取得、および一包化した場合の安定性データに留意する必要があります。
なお、多くの医療機関では、医療用麻薬、抗悪性腫瘍剤、注射薬などは本プロトコールの適用外としています。
疑義照会簡素化プロトコールに基づいて処方変更を行った場合、その情報を適切に共有することが重要です。一般的な報告方法と情報共有の流れは以下のとおりです。
1. 処方変更の記録
2. 患者への情報提供
3. 医療機関へのフィードバック
小樽市立病院の資料によれば、「当院のマスターがない等の理由で疑義内容が処方箋に反映されない場合、同一患者における2回目以降のdo処方においても必ずFAXすること」とされています。これは、処方変更の情報が継続的に共有されることの重要性を示しています。
また、丸の内病院では、プロトコール適用情報共有書を受け取った病院薬剤師は「適時確認し、必要に応じて電子カルテに内容を記入またはオーダーの代行修正を行う」とされており、重要性の高い情報に関しては医師に直接報告を行うことになっています。
疑義照会簡素化プロトコールを理解する上で、薬剤師法との関係性を把握することは非常に重要です。特に関連する条文は以下の2つです。
薬剤師法第23条2項
「薬剤師は、処方せんに記載された医薬品につき、その処方せんを交付した医師、歯科医師または獣医師の同意を得た場合を除くほか、これを変更して調剤してはならない。」
薬剤師法第24条
「薬剤師は、処方せん中に疑わしい点があるときは、その処方せんを交付した医師、歯科医師または獣医師に問い合わせて、その疑わしい点を確かめた後でなければ、これによって調剤してはならない。」
疑義照会簡素化プロトコールは、第23条2項の「医師の同意を得た場合」に該当します。つまり、あらかじめ医療機関と保険薬局の間で合意された範囲内での処方変更については、その都度の疑義照会を省略できるという仕組みです。
京都大学医学部附属病院では、この点を明確にするために「疑義照会簡素化プロトコル」から「問い合わせ簡素化プロトコル」へと名称を変更しています。これは、薬剤師法第23条の「医師の同意を得た場合の変更調剤」(プロトコルの対象)と第24条の「疑義(照会)」(薬学的知見に基づく疑義照会:プロトコルの対象外)との区別を明確化するためです。
重要なのは、このプロトコールが適用されるのは「形式的な変更」に限られており、薬学的な判断を要する本質的な疑義がある場合は、従来通り処方医への疑義照会が必要であるという点です。例えば、丸の内病院のプロトコールでは「本プロトコル適用例であっても、不明な点があれば疑義照会を行う」と明記されています。
また、米沢市立病院の資料では、このプロトコールの目的として「薬物療法の安全性の向上、患者指導、残薬対策等の充実を図る」ことが挙げられており、単に業務効率化だけでなく、薬剤師本来の職能を発揮するための環境整備という側面もあります。
疑義照会簡素化プロトコールは、薬剤師が薬学的専門性を発揮する業務に集中できるよう、形式的な照会を効率化するための取り組みであり、薬剤師法の本質的な目的である医薬品の適正使用と患者の安全確保に沿ったものと言えるでしょう。
2024年3月15日付けで厚生労働省保険局医療課より「現下の医療用医薬品の供給状況における変更調剤の取扱いについて」が周知されたことを受け、医薬品の入手が限定される状況においても、変更調剤による柔軟な対応が推奨されています。このような背景からも、疑義照会簡素化プロトコールの重要性は今後さらに高まると考えられます。
厚生労働省「医療スタッフの協働・連携によるチーム医療の推進について」の通知
疑義照会簡素化プロトコールの導入により、実際にどのような業務効率化が実現しているのか、具体的な実例を見ていきましょう。
福島県立医科大学附属病院では、2022年から疑義照会簡素化プロトコールの運用を開始し、定期的に改訂を行いながら運用しています。2023年7月には一包化調剤へ変更する場合の留意点が追加され、2024年7月には合意書と記載例が更新されるなど、継続的な改善が行われています。
国立がん研究センター中央病院では、「院外処方せんにおける疑義照会簡素化プロトコール」を運用し、保険薬局との連携を強化しています。特にがん治療においては、抗がん剤の投与スケジュールや支持療法の調整など複雑な処方が多いため、形式的な疑義照会を減らすことで、より専門的な薬学的ケアに集中できる環境が整備されています。
ある地域の中核病院では、プロトコール導入前後で疑義照会の内容を分析したところ、形式的な疑義照会が約40%減少し、その分、薬物相互作用や副作用モニタリングなど、より臨床的に重要な疑義照会が増加したという報告があります。
また、保険薬局の薬剤師からは、「処方医への電話連絡が減り、患者対応に集中できるようになった」「患者の待ち時間が短縮され、満足度が向上した」といった声が聞かれています。
特に注目すべき点として、一部の医療機関では、プロトコールの適用により変更された処方内容を電子カルテに反映させる仕組みを構築しています。丸の内病院では、プロトコール適用情報共有書を受け取った病院薬剤師が「電子カルテに内容を記入またはオーダーの代行修正を行う」システムを導入しており、次回の処方時に医師が前回の変更内容を参照できるようになっています。
このような取り組みは、単に疑義照会の手間を省くだけでなく、処方の質の向上にも寄与しています。例えば、規格変更により「10mg錠を半錠」から「5mg錠を1錠」に変更された場合、次回からは最初から「5mg錠を1錠」で処方されるようになり、患者の利便性が向上するとともに、調剤過誤のリスクも低減します。
医師からも「形式的な電話が減り、診療に集中できるようになった」「薬剤師からより臨床的に重要な情報提供が増えた」といった肯定的な評価が得られています。
疑義照会簡素化プロトコールは、医師、薬剤師、患者の三者にとってWin-Winの関係を構築する取り組みと言えるでしょう。今後は、より多くの医療機関でこのプロトコールが導入され、医療の質と効率の両立が進むことが期待されます。