
慢性腎臓病(CKD)は、腎機能の低下や腎臓の障害が3ヶ月以上続く状態を指します。日本では成人の約8人に1人がCKDと言われており、国民病とも呼ばれる重要な疾患です。CKDは進行性の病気であり、早期発見・早期治療が重要ですが、初期段階では自覚症状がほとんどないため、発見が遅れるケースが多くあります。
薬剤師として患者さんと接する際には、CKDの症状や進行度合いに応じた適切な情報提供が求められます。特に、腎機能低下に伴う薬物動態の変化や、腎機能に影響を与える可能性のある薬剤の使用について、専門的な知識をもとに患者さんをサポートすることが重要です。
CKDの最大の特徴は、初期段階ではほとんど自覚症状がないことです。これが「サイレントキラー」と呼ばれる所以であり、多くの患者さんが気づかないうちに病気が進行してしまう原因となっています。
初期のCKDでは、以下のような検査所見が見られることがありますが、自覚症状はほとんどありません。
これらの異常は健康診断などで発見されることが多く、自分自身で気づくことは難しいのが現状です。そのため、定期的な健康診断の受診が早期発見の鍵となります。
CKDが進行し、腎機能がある程度低下してくると(GFRが50%程度に低下した頃から)、最初に現れやすい症状の一つが「夜間尿」です。これは腎臓の尿濃縮能力が低下することで起こります。
健康な腎臓は夜間に尿を濃縮して量を減らす機能がありますが、CKDではこの機能が低下するため、夜間の尿量が増加し、就寝中に何度もトイレに行く必要が生じます。多くの患者さんが「最近、夜中にトイレに行く回数が増えた」と訴えることが、CKDを疑うきっかけとなることがあります。
また、腎機能がさらに低下すると(GFRが30%前後)、体内の水分バランスが崩れ、むくみ(浮腫)が現れることがあります。特に以下の部位にむくみが見られます。
むくみは重力の影響を受けやすい下肢に現れることが多く、朝は比較的軽く、夕方から夜にかけて悪化する傾向があります。
腎機能が30%前後まで低下すると、腎性貧血が現れることがあります。腎臓はエリスロポイエチン(EPO)というホルモンを産生しており、これが骨髄に作用して赤血球の産生を促進しています。CKDが進行すると、このEPOの産生が低下し、十分な赤血球が作られなくなります。
腎性貧血による主な症状には以下のようなものがあります。
特に注目すべき点として、CKDの貧血は鉄剤だけでは改善しないことが多く、EPO製剤による治療が必要となることがあります。薬剤師としては、患者さんの貧血治療薬の使用状況や副作用モニタリングについて、きめ細かなフォローが求められます。
CKDが進行し、GFRが30mL/min未満(血清クレアチニン値が2mg/dL以上)になると、体内の電解質バランスが崩れ始め、様々な症状が現れるようになります。
主な電解質異常とその症状。
これらの電解質異常に対しては、食事療法や薬物療法による適切な管理が必要となります。薬剤師としては、カリウム制限食の指導や、リン吸着薬の服用タイミング(食事中または食直後)の説明など、患者さんの生活に即した服薬指導が重要です。
CKDがさらに進行し、GFRが10mL/min未満(血清クレアチニン値が8mg/dL以上)になると、尿毒症と呼ばれる重篤な状態に陥ることがあります。尿毒症は、体内に蓄積した様々な毒素による全身症状の総称です。
尿毒症の主な症状。
尿毒症の症状が現れた場合は緊急性が高く、速やかに腎代替療法(血液透析、腹膜透析、腎移植など)の導入を検討する必要があります。薬剤師としては、これらの症状の早期発見につながるような情報提供や、透析導入後の薬物療法の変更点について患者さんに説明することが重要です。
日本腎臓学会の診療ガイドライン - CKDの診断・治療に関する最新の情報が掲載されています
CKD患者さんへの服薬指導では、腎機能の低下に伴う薬物動態の変化を考慮した対応が必要です。薬剤師として特に注意すべきポイントを以下にまとめます。
CKD患者さんは複数の合併症を持つことが多く、多剤併用になりがちです。薬剤師は処方全体を俯瞰し、重複投与や相互作用のチェックを行うとともに、患者さんの腎機能に応じた適切な服薬指導を行うことが重要です。
また、CKD患者さんの中には、「症状がないから薬は必要ない」と考え、服薬アドヒアランスが低下するケースもあります。症状がなくても腎機能は徐々に低下していることを説明し、継続的な服薬の重要性を理解してもらうことも薬剤師の重要な役割です。
CKD患者における薬物療法の注意点 - 日本静脈経腸栄養学会誌に掲載された専門的な解説
CKD患者さんの薬物療法において、薬剤師は医師や看護師と連携しながら、患者さんの腎機能に応じた最適な薬物治療を支援する重要な役割を担っています。症状の変化や副作用の早期発見につながるような服薬指導を心がけ、患者さんのQOL向上に貢献していくことが求められます。
CKDの進行を抑制するためには、薬物療法だけでなく、生活習慣の改善も非常に重要です。症状の有無にかかわらず、以下のような生活習慣の改善が推奨されます。
薬剤師としては、これらの生活習慣改善のアドバイスを行うとともに、患者さんの症状や検査値の変化に注意を払い、必要に応じて医師への受診勧奨を行うことが重要です。特に、むくみの急激な増加や息切れの悪化、尿量の減少などの症状が見られた場合は、早急に医療機関を受診するよう指導することが必要です。
また、CKD患者さんは様々な合併症(高血圧、糖尿病、脂質異常症など)を持つことが多いため、これらの疾患の管理も含めた包括的なアプローチが求められます。薬剤師は、患者さんの全体的な健康状態を考慮した服薬指導と生活指導を行うことで、CKDの進行抑制と合併症予防に貢献することができます。
CKD診療ガイド2018 - 日本腎臓学会による生活指導を含めた包括的なCKD管理の指針
CKDは一度進行すると完全に元に戻すことは難しい疾患ですが、早期発見と適切な治療・生活習慣の改善によって、進行を遅らせることが可能です。薬剤師は医療チームの一員として、患者さんのCKD管理をサポートする重要な役割を担っています。症状の変化に注意しながら、患者さんに寄り添った服薬支援を行っていくことが求められます。