精神性多飲症の症状と水中毒の危険性

精神性多飲症の症状と水中毒の危険性

精神性多飲症の症状と治療

精神性多飲症の基本情報
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定義

心理的な問題から大量の水を飲むことで精神の安定を図る精神疾患

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主な症状

異常な口渇感、過剰な水分摂取(1日3L以上)、多尿、低ナトリウム血症

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危険性

重症化すると水中毒を引き起こし、生命に関わる合併症を発症する恐れがある

精神性多飲症は、ストレスや不安、葛藤などの心理的問題から大量の水を飲むことで精神の安定を図ろうとする精神疾患です。統合失調症患者の約20%に見られるとされ、薬剤師として理解しておくべき重要な病態の一つです。過剰な水分摂取は体内の電解質バランスを崩し、水中毒という生命を脅かす状態に発展することがあります。

 

精神性多飲症の主な症状と特徴

精神性多飲症の最も顕著な症状は、異常な口渇感と過剰な水分摂取です。具体的には以下のような症状が見られます。

  • 常に喉が渇いていると感じる
  • 1日に3リットル以上の水分を摂取する(重症例では10リットル以上)
  • 頻尿(1日に8回以上トイレに行く)
  • 夜間頻尿(夜間に何度も起きて排尿する)
  • 多尿(1日の尿量が3000ml以上)
  • 口の中が乾燥している感覚

患者は水を飲むことがやめられなくなり、「水を飲め」という幻聴や強迫観念に支配されることもあります。この状態が続くと、血液中のナトリウム濃度が低下し(低ナトリウム血症)、さらに深刻な症状へと進行します。

 

精神性多飲症の患者は、水を得るためにあらゆる手段を講じることがあります。例えば、薬を飲むための水をもらう目的で頓服薬を要求したり、内服薬を複数回に分けて飲んだりすることで、飲水の機会を増やそうとする行動が見られます。

 

精神性多飲症から水中毒への進行と危険性

精神性多飲症が進行すると、水中毒(低ナトリウム血症)を引き起こす危険性があります。水中毒は血中のナトリウム濃度が正常値(138〜146mEq/L)を下回り、120mEq/L以下になると生命に関わる状態となります。

 

水中毒の症状は進行度によって異なります。
【初期症状】

  • めまい・ふらつき
  • 頭痛
  • 軽い疲労感
  • むくみ

【主な症状】

  • 多尿・頻尿
  • 下痢
  • 全身のむくみ

【悪化した場合の症状】

  • 吐き気・嘔吐(「マーライオンのように吐く」と表現される激しい嘔吐)
  • 錯乱・意識障害
  • 性格変化
  • 脳浮腫
  • 肺浮腫
  • 心不全
  • 呼吸困難
  • 痙攣発作

特に重症の水中毒では、脳細胞が水分を吸収して膨張し、脳浮腫を引き起こすことがあります。これにより頭蓋内圧が上昇し、意識障害や痙攣発作、最悪の場合は死に至ることもあります。

 

水中毒の危険性は、1日の水分摂取量と関連しています。健康な成人の1日の必要水分量は約2.5リットルですが、そのうち約1リットルは食事から、約0.3リットルは代謝から得られるため、飲料として必要なのは約1.2リットルとされています。1日3リットル以上の水分摂取は水中毒のリスクを高めます。

 

精神性多飲症の原因と精神疾患との関連

精神性多飲症の原因は複合的で、以下のような要因が関与しています。

  1. 精神疾患との関連:統合失調症患者に多く見られ、特に長期間罹患している患者や症状が重い患者に発症しやすい傾向があります。精神症状の悪化(幻覚・妄想・強迫観念など)と多飲症の発症には密接な関連があります。

     

  2. 抗精神病薬の副作用:抗精神病薬の多くは口渇を引き起こす副作用があり、これが飲水量増加の一因となります。また、長期服用により視床下部の口渇中枢が刺激され、抗利尿ホルモンの分泌が促されることで水分貯留を来すことがあります。

     

  3. 心理的要因:水を飲むことで精神的な安定を得られるという心理的メカニズムが働き、ストレスや不安を和らげるために過剰な水分摂取を行うことがあります。

     

  4. 生物学的要因:視床下部の渇中枢の機能異常や、抗利尿ホルモン(ADH)の分泌調節機構の障害が関与している可能性があります。

     

精神性多飲症と統合失調症の関連については、思考障害が重度で認知機能が低下した患者に多く見られる傾向があります。水を飲むという行為は人間の根元的な欲動に根ざしており、この調節機構の異常と統合失調症などの精神病症状には何らかの関連があると考えられています。

 

精神性多飲症の診断と検査方法

精神性多飲症の診断には、以下の検査と評価が行われます。

  1. カウンセリング:多飲症が心因的なものかどうかを判断するために、精神状態の評価を行います。

     

  2. 身体的検査
    • 尿検査:尿量、尿比重、尿浸透圧の測定
    • 血液検査:血清ナトリウム濃度、血漿浸透圧の測定
    • 高張食塩水負荷試験:2.5%あるいは5%の高張食塩水を静脈投与し、浸透圧上昇に対するバソプレシン(抗利尿ホルモン)の分泌能を評価
    • デスモプレッシン負荷試験:抗利尿ホルモン製剤に対する反応を評価
    • MRI検査:脳の状態を評価
  3. 行動観察
    • 飲水行動の観察
    • 体重測定(朝夕の体重差から飲水量を推定)
    • 1日の尿量測定

診断基準としては、1日の水分摂取量が3リットル以上、または体重の5%以上の体重増加が見られる場合に多飲症が疑われます。また、血清ナトリウム濃度が135mEq/L未満の場合は低ナトリウム血症として水中毒の可能性が考えられます。

 

精神性多飲症の薬物療法と薬剤師の役割

精神性多飲症の治療には、原因となる精神疾患の治療と並行して、以下のような薬物療法が行われることがあります。

  1. 抗精神病薬の調整
    • 口渇の副作用が少ない抗精神病薬への変更
    • 用量の最適化による精神症状の安定化
  2. 精神安定剤
    • 不安やストレスを軽減するためのベンゾジアゼピン系薬剤
    • 気分安定薬(リチウム、バルプロ酸など)
  3. 抗利尿ホルモン調節薬
    • デモクロサイクリン(抗利尿ホルモンの作用を阻害)
    • リチウム(抗利尿ホルモンの作用を減弱)

薬剤師の役割としては、以下のような点が重要です。

  • 服薬指導:抗精神病薬の口渇副作用について患者に説明し、適切な水分摂取量を指導する
  • 薬物相互作用の確認:多飲症患者は複数の薬剤を服用していることが多いため、相互作用に注意する
  • 副作用モニタリング:低ナトリウム血症の症状(めまい、頭痛、嘔吐など)に注意し、早期発見に努める
  • 処方提案:口渇の副作用が少ない薬剤への変更や、多飲症に効果的な薬剤の追加などを医師に提案する
  • 患者教育:過剰な水分摂取の危険性について患者や家族に教育し、適切な水分摂取量を指導する

雌激素(エストロゲン)が精神分裂症の治療に補助的に用いられることがあり、これが多飲症の症状改善にも寄与する可能性があるという研究も進められています。エストロゲンは神経保護作用や神経伝達物質調節作用を持ち、精神症状の安定化に寄与することが期待されています。

 

雌激素?助治?精神分裂症的研究?展に関する研究

精神性多飲症患者への実践的な対応と管理方法

精神性多飲症患者への対応は、医療チーム全体での連携が重要です。以下に実践的な管理方法を示します。

  1. 水分制限プログラム
    • 1日の飲水量を設定(通常2〜2.5リットル程度)
    • 飲水スケジュールの作成(時間帯ごとに摂取可能な量を決める)
    • コップやペットボトルの管理(容量を把握し、摂取量を記録)
  2. モニタリング
    • 定期的な体重測定(朝夕)
    • 血清ナトリウム濃度の定期的チェック
    • 尿量・尿回数の記録
    • 行動観察(隠れて水を飲んでいないか注意)
  3. 環境調整
    • 病室の水道の制限(必要に応じて)
    • 共用スペースでの飲水行動の観察
    • 代替活動の提供(気分転換や注意をそらす活動)
  4. 心理社会的アプローチ
    • 認知行動療法(水を飲みたい衝動への対処法)
    • 心理教育(過剰な水分摂取の危険性について教育)
    • ストレス管理技法の指導
    • 家族教育と支援
  5. 緊急時の対応
    • 水中毒症状出現時の対応手順の確立
    • 低ナトリウム血症の緊急治療(高張食塩水の投与など)
    • 転院基準の設定(総合病院での治療が必要な場合)

精神性多飲症患者の管理で特に難しいのは、患者自身が飲水をコントロールできないことです。患者は様々な方法で水を得ようとするため、医療スタッフは常に注意深く観察し、創意工夫を凝らした対応が求められます。

 

例えば、薬を飲むための水をもらう目的で症状を訴える、内服薬を複数回に分けて飲む、飲み物を要求するために大声で訴えるなど、様々な手段を講じることがあります。こうした行動に対しては、一貫した対応と明確な制限設定が重要です。

 

また、精神症状の悪化に伴い急激に多飲症が進行することもあるため、精神状態の変化には特に注意が必要です。「水を飲め」という幻聴が聞こえるなど、飲みたくないのに飲まざるを得ない状況に追い込まれている患者もいます。

 

薬剤師としては、患者の服用している薬剤の副作用(特に口渇)を把握し、必要に応じて処方変更の提案を行うことが重要です。また、多飲症患者に対する水分制限プログラムの策定にも参画し、適切な水分摂取量の設定や代替飲料の提案などを行うことができます。

 

精神性多飲症の管理は長期的な取り組みが必要であり、患者の状態に応じて柔軟に対応することが求められます。薬物療法だけでなく、環境調整や心理社会的アプローチを組み合わせた包括的な治療が効果的です。

 

精神性多飲症は適切な管理と治療により改善が期待できる病態です。薬剤師として、多職種連携のもとで患者の回復を支援することが重要です。