
精神性多飲症は、ストレスや不安、葛藤などの心理的問題から大量の水を飲むことで精神の安定を図ろうとする精神疾患です。統合失調症患者の約20%に見られるとされ、薬剤師として理解しておくべき重要な病態の一つです。過剰な水分摂取は体内の電解質バランスを崩し、水中毒という生命を脅かす状態に発展することがあります。
精神性多飲症の最も顕著な症状は、異常な口渇感と過剰な水分摂取です。具体的には以下のような症状が見られます。
患者は水を飲むことがやめられなくなり、「水を飲め」という幻聴や強迫観念に支配されることもあります。この状態が続くと、血液中のナトリウム濃度が低下し(低ナトリウム血症)、さらに深刻な症状へと進行します。
精神性多飲症の患者は、水を得るためにあらゆる手段を講じることがあります。例えば、薬を飲むための水をもらう目的で頓服薬を要求したり、内服薬を複数回に分けて飲んだりすることで、飲水の機会を増やそうとする行動が見られます。
精神性多飲症が進行すると、水中毒(低ナトリウム血症)を引き起こす危険性があります。水中毒は血中のナトリウム濃度が正常値(138〜146mEq/L)を下回り、120mEq/L以下になると生命に関わる状態となります。
水中毒の症状は進行度によって異なります。
【初期症状】
【主な症状】
【悪化した場合の症状】
特に重症の水中毒では、脳細胞が水分を吸収して膨張し、脳浮腫を引き起こすことがあります。これにより頭蓋内圧が上昇し、意識障害や痙攣発作、最悪の場合は死に至ることもあります。
水中毒の危険性は、1日の水分摂取量と関連しています。健康な成人の1日の必要水分量は約2.5リットルですが、そのうち約1リットルは食事から、約0.3リットルは代謝から得られるため、飲料として必要なのは約1.2リットルとされています。1日3リットル以上の水分摂取は水中毒のリスクを高めます。
精神性多飲症の原因は複合的で、以下のような要因が関与しています。
精神性多飲症と統合失調症の関連については、思考障害が重度で認知機能が低下した患者に多く見られる傾向があります。水を飲むという行為は人間の根元的な欲動に根ざしており、この調節機構の異常と統合失調症などの精神病症状には何らかの関連があると考えられています。
精神性多飲症の診断には、以下の検査と評価が行われます。
診断基準としては、1日の水分摂取量が3リットル以上、または体重の5%以上の体重増加が見られる場合に多飲症が疑われます。また、血清ナトリウム濃度が135mEq/L未満の場合は低ナトリウム血症として水中毒の可能性が考えられます。
精神性多飲症の治療には、原因となる精神疾患の治療と並行して、以下のような薬物療法が行われることがあります。
薬剤師の役割としては、以下のような点が重要です。
雌激素(エストロゲン)が精神分裂症の治療に補助的に用いられることがあり、これが多飲症の症状改善にも寄与する可能性があるという研究も進められています。エストロゲンは神経保護作用や神経伝達物質調節作用を持ち、精神症状の安定化に寄与することが期待されています。
精神性多飲症患者への対応は、医療チーム全体での連携が重要です。以下に実践的な管理方法を示します。
精神性多飲症患者の管理で特に難しいのは、患者自身が飲水をコントロールできないことです。患者は様々な方法で水を得ようとするため、医療スタッフは常に注意深く観察し、創意工夫を凝らした対応が求められます。
例えば、薬を飲むための水をもらう目的で症状を訴える、内服薬を複数回に分けて飲む、飲み物を要求するために大声で訴えるなど、様々な手段を講じることがあります。こうした行動に対しては、一貫した対応と明確な制限設定が重要です。
また、精神症状の悪化に伴い急激に多飲症が進行することもあるため、精神状態の変化には特に注意が必要です。「水を飲め」という幻聴が聞こえるなど、飲みたくないのに飲まざるを得ない状況に追い込まれている患者もいます。
薬剤師としては、患者の服用している薬剤の副作用(特に口渇)を把握し、必要に応じて処方変更の提案を行うことが重要です。また、多飲症患者に対する水分制限プログラムの策定にも参画し、適切な水分摂取量の設定や代替飲料の提案などを行うことができます。
精神性多飲症の管理は長期的な取り組みが必要であり、患者の状態に応じて柔軟に対応することが求められます。薬物療法だけでなく、環境調整や心理社会的アプローチを組み合わせた包括的な治療が効果的です。
精神性多飲症は適切な管理と治療により改善が期待できる病態です。薬剤師として、多職種連携のもとで患者の回復を支援することが重要です。