ブラウンバッグ運動で薬局が実現する残薬削減と服薬支援

ブラウンバッグ運動で薬局が実現する残薬削減と服薬支援

ブラウンバッグ運動と薬局の取り組み

ブラウンバッグ運動の基本情報
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起源と目的

1990年代のアメリカで始まった、患者さんに残薬や服用中の薬を持参してもらう取り組み

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経済効果

年間約500億円にのぼる残薬問題の解決策として、医療費削減に貢献

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薬剤師の役割

残薬確認、服薬状況の把握、飲み合わせチェック、適正な薬物治療の提案

ブラウンバッグ運動は、患者さんに自宅にある薬(処方薬、OTC医薬品、サプリメントなど)を薬局に持参してもらい、薬剤師が内容を確認して適切な薬物治療につなげる取り組みです。この運動は1990年代にアメリカで始まり、患者さんが茶色い紙袋(ブラウンバッグ)に薬を入れて持参したことからこの名称がつけられました。

 

日本では「節薬バッグ運動」や「おくすりバッグ運動」とも呼ばれ、厚生労働省の調査によると、薬の飲み忘れなどによる残薬は年間約500億円にものぼるとされています。この問題を解決するために、日本でもブラウンバッグ運動が徐々に広がりを見せています。

 

薬局では専用の袋を患者さんに渡し、自宅にある薬をすべて入れて持参してもらいます。薬剤師はその内容を確認し、期限切れの薬は廃棄、使用可能な医療用医薬品は残薬として処理します。さらに、残薬の原因を特定し、その対策を処方医に提案することで、患者さんの服薬状況の改善を図ります。

 

ブラウンバッグ運動の歴史と日本での展開

ブラウンバッグ運動は1982年にアメリカで始まりました。当時は茶色の紙袋に服用中の薬を入れて薬局に持参してもらう形で進められたことから、この名称が付けられました。

 

日本では2000年代に入ってから徐々に広がり始め、特に2010年代以降、残薬問題への対策として注目されるようになりました。東京大学大学院薬学系研究科の草間真紀子助教らによる研究では、ブラウンバッグ運動が日本の薬局薬剤師の可能性を広げる取り組みとして評価されています。

 

福岡県では2012年に31の薬局を対象に試験的な「節薬バッグ運動」が実施され、3ヶ月間で702,694円(処方箋1枚あたり2,788円)の医療費削減効果が報告されました。この数字を全国規模に拡大すると、年間約3,300億円の医療費削減につながる可能性があるとされています。

 

岡山県でも2019年度から「そよかぜ薬局」をはじめとする薬局でブラウンバッグ運動が展開され、残薬解消に向けた取り組みが拡大しています。

 

ブラウンバッグ運動の具体的な実施方法と薬局の役割

ブラウンバッグ運動を薬局で実施するための具体的な手順は以下の通りです。

  1. 専用バッグの準備と配布:薬局でブラウンバッグ(専用袋)を用意し、患者さんに配布します。エコバッグのような再利用可能なものが望ましいでしょう。

     

  2. 患者さんへの説明:バッグの使用目的と、自宅にある全ての薬(処方薬、OTC医薬品、サプリメントなど)を入れて持参してもらうよう説明します。

     

  3. 持参された薬の確認
    • 期限切れの薬の確認と適切な廃棄
    • 残薬の数量確認
    • 複数の医療機関から処方された薬の重複確認
    • OTC医薬品やサプリメントと処方薬の相互作用確認
  4. 医師への情報提供と処方提案
    • 残薬状況に応じた処方日数の調整提案
    • 飲み忘れの原因に応じた対策(一包化、剤形変更など)の提案
    • 重複投薬の解消提案
  5. 患者さんへのフィードバック
    • 適切な服用方法の再指導
    • 飲み忘れ防止のための工夫の提案
    • 薬の保管方法のアドバイス

薬剤師は単に残薬を確認するだけでなく、なぜ残薬が生じているのかを患者さんとの対話を通じて把握し、根本的な解決策を見出すことが重要です。例えば、飲み忘れが多い場合は一包化や服薬カレンダーの活用を提案したり、副作用の懸念から自己判断で服用を中止している場合は医師に情報提供するなど、患者さん一人ひとりに合わせた対応が求められます。

 

ブラウンバッグ運動がもたらす医療費削減効果と算定可能な加算

ブラウンバッグ運動は、医療費削減に大きく貢献します。前述の福岡県での試験的取り組みでは、処方箋1枚あたり2,788円の医療費削減効果が確認されており、全国規模では年間約3,300億円の削減につながる可能性があります。

 

薬局にとっても、ブラウンバッグ運動を通じた残薬整理や服薬支援は、以下の診療報酬上の加算を算定できるメリットがあります。

  1. 重複投薬・相互作用防止加算(残薬調整に係るもの):30点
    • 患者さんが残薬を持参し、それに基づいて処方医に疑義照会を行い、処方内容の変更が行われた場合に算定可能です。

       

  2. 外来服薬支援料:185点(月1回限り)
    • ブラウンバッグ運動を通じて患者さんの求めに応じて一包化やお薬カレンダーなどによる服薬整理、服薬管理を行い、その結果を医療機関に情報提供した場合に算定できます。

       

これらの加算を適切に算定することで、薬局の経営面でもプラスとなり、より積極的にブラウンバッグ運動に取り組む動機づけとなります。

 

また、患者さんにとっても、残薬調整によって次回処方分の薬代が節約できるというわかりやすいメリットがあります。特に高齢者や慢性疾患で多剤服用している患者さんにとっては、経済的負担の軽減につながります。

 

ブラウンバッグ運動による服薬アドヒアランス向上と適正な薬物治療

ブラウンバッグ運動の重要な効果の一つが、服薬アドヒアランスの向上です。服薬アドヒアランスとは、患者さんが自身の病気を受け入れ、治療方針に賛同し、積極的に薬物治療を受けることを指します。

 

厚生労働省の資料でも、ブラウンバッグ運動が患者さんの服薬状況の細かな把握につながり、服薬アドヒアランス向上に寄与したと示されています。具体的には以下のような効果が期待できます。

  1. 服薬状況の可視化

    患者さん自身が自分の服薬状況を客観的に見ることができ、問題点に気づくきっかけとなります。

     

  2. 薬剤師との信頼関係構築

    薬について気軽に相談できる関係性が生まれ、服薬に関する不安や疑問を解消しやすくなります。

     

  3. 適切な服薬指導の実現

    実際の服薬状況に基づいた、より実践的な服薬指導が可能になります。

     

  4. 多剤併用の適正化

    複数の医療機関から処方された薬や市販薬、サプリメントなどを含めた総合的な薬物治療の適正化が図れます。

     

特に高齢者では、複数の医療機関を受診し、多くの薬を服用しているケースが少なくありません。そのような状況では薬物有害事象のリスクが高まりますが、ブラウンバッグ運動を通じて薬剤師が総合的に薬を管理することで、より安全で効果的な薬物治療が実現します。

 

ブラウンバッグ運動を薬局で成功させるための実践的アプローチ

ブラウンバッグ運動を薬局で効果的に実施するためには、単に袋を配布するだけでは不十分です。以下に実践的なアプローチをご紹介します。

  1. わかりやすい周知活動
    • 薬局内にポスターやリーフレットを設置
    • 処方箋受付時や投薬時に口頭で説明
    • 薬袋に案内を印刷するなど、目に触れる機会を増やす
  2. 患者さんへの動機づけ
    • 残薬整理による経済的メリットを具体的に説明
    • 薬の飲み合わせチェックによる安全性向上を強調
    • 服薬の悩みを解決できる機会であることを伝える
  3. 使いやすいバッグの工夫
    • エコバッグとしても使える実用的なデザイン
    • 薬局名や連絡先を印刷し、かかりつけ薬局の意識づけ
    • 持ち運びやすいサイズと形状
  4. 継続的な声かけ
    • 定期的に来局する患者さんには毎回声かけを行う
    • 前回持参した際の改善点をフィードバック
    • 次回の持参を促す具体的な日付の提案
  5. スタッフ全員の理解と協力
    • 薬剤師だけでなく、受付スタッフも含めた全員での取り組み
    • 運動の意義や手順についての勉強会の実施
    • 成功事例の共有による意識向上

実際に岡山県の「そよかぜ薬局」では、新たに処方された薬を持ち帰る際にもブラウンバッグを使用し、エコバッグ感覚で日常的に使ってもらうことで、自然と残薬も持参してもらえるような工夫をしています。

 

また、レジ袋有料化の流れに合わせて、エコバッグとしての側面を強調することも効果的です。環境に配慮した取り組みとしての側面も持つことで、患者さんの参加意欲を高めることができるでしょう。

 

ブラウンバッグ運動と薬局のデジタル化:未来の展望

ブラウンバッグ運動は従来のアナログな取り組みですが、今後はデジタル技術との融合により、さらに効果的な展開が期待されます。以下に未来の展望を考えてみましょう。

  1. 電子お薬手帳との連携
    • 電子お薬手帳アプリにブラウンバッグ運動の機能を追加
    • 残薬情報をデジタル記録し、次回処方時に活用
    • 服薬状況のグラフ化による可視化
  2. 服薬支援アプリとの統合
    • 服薬リマインダーアプリと連携した残薬管理
    • 服薬状況のデータ化による傾向分析
    • AIによる最適な服薬パターンの提案
  3. オンライン服薬指導との組み合わせ
    • ビデオ通話を活用した自宅の薬の確認
    • 来局困難な患者さんへのリモートでの残薬確認
    • デジタル画像による薬の識別と管理
  4. QRコード活用によるトレーサビリティ向上
    • ブラウンバッグにQRコードを付与し、患者情報と紐づけ
    • 持参履歴や残薬状況の継続的な記録
    • 医療機関との情報共有の効率化
  5. データ分析による医療費削減効果の可視化
    • 残薬削減による経済効果の定量的分析
    • 地域全体での取り組み効果の集計
    • エビデンスに基づく政策提言への活用

これらのデジタル技術を活用することで、ブラウンバッグ運動はより効率的かつ効果的に展開できるようになります。特に新型コロナウイルス感染症の影響で長期処方が増加し、残薬問題が深刻化している現在、デジタルとアナログを組み合わせた新しいアプローチが求められています。

 

薬局薬剤師は、こうした技術革新にも柔軟に対応しながら、患者さんの服薬支援に取り組むことが重要です。ブラウンバッグ運動は単なる残薬対策ではなく、薬局の存在価値を高め、地域医療における薬剤師の役割を強化する重要な取り組みとして、今後も発展していくことでしょう。